　茜は脱衣所に備え付けられた榻に座らせる。すぐ横に置かれた水甕の蓋を開け、掬った水を柄杓ごと渡してやる。蒼瑾は勢いよく飲み干した。熱の含んだ靄が頭いっぱいを侵していたが水の冷感とともに霧散するようだった。ほうと一息つき、
「ありがとう」
　蒼瑾が感謝すると、茜は唇を真一文字に結んで視線を落とす。
　茜は顎で使われる傭人だ。感謝されることに慣れていない。それに蒼瑾は遠く、暗い記憶を呼び覚ました人間だ。簡単に喜べない。
「着替え、持ってきた。すぐ着るか？」
「いや、もうちょっと涼んでからにする」
「そうか。済んだら呼んでくれ。詰所にいる。場所は誰かに聞いてくれ」
　わかった、と蒼瑾が応えるのを背に聞いて、茜はさっさと澡堂を出て行く。

「はあ……」
　院子にて、茜はたまたま視界に入った茶梅さざんかの葉を無造作に引きちぎる。ちぎられた葉は手の中で弄ばれることもなく地面に捨てられる。
　茜は階段前でのやりとりを思い出している。
　──お前だって子供だろ。
　蒼瑾は茜を自分と同年、或いは年下だと思っているようだった。茜は童顔であるため同年に見られるのは仕方がないにしても、蒼瑾の方がずっと年下じゃないか。
（毛ぐらい生えているかと思った）
　湯上がりの少年の腕にも足にも、男の徴の周囲にも、縮れ毛を認めることが出来なかった。
　澡堂に入るまで顔を合わせることを躊躇したのに、すっかり毒気を抜かれている。
　眼裏に蒼瑾の裸がちらついて、焦る。こう云う場所に住み込みで働いているから、男も女も裸は見慣れている。けれど、蒼瑾の場合中性的な分余計たちが悪い。
（なんで俺がいけない気持ちにならなきゃいけないんだ⁉）
　茜は頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。

探花抄Ⅱ〈一〉彤茜